俺様外科医と偽装結婚いたします
銀之助さんは嬉しそうにまなじりをさげて、隣りで静かに食事を進めている環さんへと顔を向ける。
「環はどうだい?」
「はい。とても美味しいです」
彼はほほ笑み頷き返したけれど、その表情や声音から、いまいち感動が伝わってこない。
お医者様ということもあり、私とは違ってこういう高級料理も食べ慣れているのだろうか。
と、そんなことを考えながらじっと彼の様子を観察していると、ばちりと目が合ってしまった。
しかし、咄嗟に身構えた私とは違い、環さんはわずかに口角を持ち上げて、愛想笑いを浮かべてきた。
彼は私とのこんな場など望んでいないはずだ。
文句と共に「こいつとは縁など最初からなかった」とでも言い放つだろうと予想していたのに、今の所、彼は小さな嫌味も言葉にすることなく、大人の対応を続けている。
だから私も拍子抜けし、何とも言えない気持ちになりつつあった。
彼の方から文句を言ってこないと、自分から仕掛けるタイミングもなかなか掴めなくて、正直難しい。
「あぁ。病院の隣にあるあの喫茶店ですか。足を運んだことはありませんが、もちろん知っています。祖父さんが通っていることも聞いていました」
優しく笑う環さんからは、銀之助さん譲りの温かな空気が放たれている。