俺様外科医と偽装結婚いたします
とは言え、必死になったところで、環さんは遥か遠くにいる。このままでは、折角のチャンスをふいにしてしまう。
「待ってください! 環さん!」
息苦しさのなか懸命に呼びかけてみたけれど、残念なくらいに声が通らなかった。
訴えが届かず、眉間に無念さをにじませた時、この前と同じ場所で環さんが立ち止まった。
力を振り絞り走り寄っていくと、追い付く寸前に彼がくるりと踵を返し、退屈そうに腕組みをする。
「今日も、俺の勝ち」
不遜な態度で迎えられたことについ眉根を寄せると、彼は小さく鼻で笑ってから再び口を開いた。
「何か俺に用か? ストーカー」
「ストーカーじゃないって、何回言ったら理解するのよ!」
「良かったな、追いかけるほど俺が欲しかったんだろ? 晴れて婚約者になれて」
「ちょっ! やめてよ! まったく欲しくないし、望んでもいないから!」
声高に言い返すと、彼がわずかに肩を揺らしてまた笑う。
これ以上彼のペースに巻き込まれてなるものかと、私は気持ちを改めるように真っ直ぐに環さんを見つめる。
「望んでないのは、環さんだって同じでしょ?」
静かに切り出すと、環さんの表情が消えていく。そのまま瞳を伏せた彼へ、私は続ける。