俺様外科医と偽装結婚いたします
ドクリと、身体の中で鼓動が重々しく響いた。
自分から断らなかったのは、お嫁に行ける可能性を残しておくことで、しばらくはお祖母ちゃんから「外に働きに行け」と言われずに済むかもという打算的な考えがあったからだ。
彼の言葉で自分の思いと向き合わされ、苦い思いが心に広がっていく。
「利害が一致するなら、しばらくこの戯言に付き合ってくれ。これまでの例からいって、だいたい半年。なにも芽生えない俺たちの様子を見続ければ、それくらいで祖父さんも諦めるだろうから」
戸惑いが膨らむと同じように、彼の言葉が少しずつ重みを増していく。
「婚約者と言っても名ばかりだが、もちろんそのことでお前が不利益を被るようなら、そこで断ってもらっていい」
目論見通り、昨日も今日もお祖母ちゃんから外に働きに行けと言われていない。この先も、彼の婚約者であり続けるかぎり、小言を言われることはないだろう。
とは言え、陸翔の彼女の件で、少しずつ自分の居場所がなくなってきているのも、しっかり感じている。
半年という長いようで短いその期間で大好きなコスモスで働き続ける方法を見つけるか、それとも店に残ることを諦め、新たな一歩を踏み出すための準備期間とするか。