俺様外科医と偽装結婚いたします
これからの自分の道を考えるための猶予時間を与えられたような気持ちになっていく。
こくりと頷き返すと、環さんがわずかにほほ笑んだ。
「今日は会えて良かったかもな」
儚さをまとった彼の微笑みがあまりにも綺麗で、私はそわそわと視線をそらした。
しかも、声音から温かさをも感じてしまったため、変に鼓動が速くなっていく。
落ち着かないまま「逃げたくせに」と文句を言うと、彼は手の力を弱めて私の腕を解放する。
「俺はもうこのルートを走らないことにした。だから、お前が本物のストーカーでない限り、俺たちはもう会うことはない」
「……え?」
「今まで同様、他人でいれば良い。簡単なことだ」
「……そっか……うん。分かった。お互いにとって、都合よく事が終わることを願ってる」
胸の奥の小さな苦しさを感じながらそう言葉を返すと、環さんも軽く頷く。
「それじゃあ、さよなら。お元気で」
「あなたもね……さようなら」
言い終えると、彼は私に背を向け、まるで何事もなかったかのように走り出した。
決して親しかったわけではない。
むしろ会わずに済むことを喜んでも良いはずなのに、彼が放った決別の言葉がやけに重苦しく心に沈んでゆく。