俺様外科医と偽装結婚いたします
遠ざかっていく彼の姿へ私も背を向けて、短く息を吐いてから、勢いよく走りだした。
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「咲良、環さんとはどうなってるんだい?」
午前の営業も終わり、客が去ったばかりのテーブルを拭いていると、レジ前に腰かけていたお祖母ちゃんが前触れもなく話しかけてきた。
テーブルを拭く手を止めてから、私は明るく言葉を返す。
「どうって?」
「あれから一ヶ月が経つけど、会ってる様子もないし、どうなってるのか気になってね」
「……あー……ほら! 環さんはお医者様だから、なにかと忙しいのよ」
答えになっていない返答で曖昧に誤魔化して、私はテーブルに視線を戻す。
「銀之助さんも気にしていたよ。今度いつ会えますかって、環さんに連絡入れておきなさいよ」
それに対しての返事はせずに布巾を掴み取り、厨房へと軽く足を引きずりながら進んでいく。
それを見咎めたお祖母ちゃんが続けて話しかけてくる。
「咲良、足痛いだろ? 今度の土日は、店の仕事を休んでくれても良いよ」
「えっ? だっ、大丈夫! これくらい平気だから」
突然出された提案を慌てて拒否すると、お祖母ちゃんが私の右足を見つめたまま顔をしかめた。