俺様外科医と偽装結婚いたします
完全にふたりっきりになったあと、私は声を潜めて注意する。
「手を貸してくれたことは感謝してる……でもやっぱり、店の前で別れるべきだったんじゃないの? こんな風に顔を見せたりしたら、お祖母ちゃんは私たちがうまくいってるって勘違いして上機嫌になっちゃうだろうし、私も気まずい」
手を差し伸べてくれたことは本当に感謝している。嘘じゃない。
けれど心の片隅では、見てみぬふりをするべきだったんじゃないかという思いもわずかにあった。
『さようなら、お元気で』と言い合ったあの朝を、今でもはっきり覚えている。
思い出すたびなぜか胸が苦しくなる。こうして彼を前にすると、さらに苦しくなっていく。
環さんは複雑な面持ちで私を見つめ返してから、そっと立ち上がり、テーブルの向かい側の席に腰かけた。
「二度目なんだよ。お前が危ない目に遭うところを目撃するの」
「……に、二度目って」
「お前この前、自転車同士で接触して転倒したろ? それ、俺、見てたんだ。信号待ちしてる車の中から」
「……そ、そうだったんだ」
あんな恥ずかしい場面を見られていたのかと思うと、一気に顔が熱くなっていく。