俺様外科医と偽装結婚いたします
陸翔がカツカレーを運んでからニ十分もしないうちに、菫さんと川元さんの楽し気な会話が飛び交うテーブルから離脱するように、環さんが立ち上がった。
「なんだよ。食べ終えたら速攻帰るのかよ。もう少し話そうぜ」
川元さんに続き、菫さんも「久郷先生」と引き留めるように呼び掛けた。
「ふたりでずっと喋ってればいいだろ。食べ終わったから俺は帰る」
わずかに目を細めてきっぱりと言い切り、そのまま環さんがレジへと歩き出した。すぐさま私もレジに向かう。
伝票と一緒に千円札二枚をつり銭トレーに置いて、彼が小さく囁きかけてきた。
「食べた分はちゃんと、お会計に入れて。これで足りるよな?」
伝票にはビーフシチューの一品しか記載されていないけれど、さっきの陸翔とのやり取りでサラダは大盛になったし、ミルクジェラートも召し上がっている。
でもそれはあくまでこちら側から環さんへのサービスである。彼にお代をもらうわけにはいかない。
私は慌てて首を横に振った。
「それはできないよ」
「良いからそうして。よく考えたら、お前に借りを作るみたいで嫌だ」
「あれはたぶん、陸翔の冗談だから気にしないで……そういうことだから、環さんに全額支払ってもらったら陸翔に文句言われちゃう」