俺様外科医と偽装結婚いたします
欠伸を噛み殺すように囁きかけられた「おやすみ」のひと言が妙に可愛らしくて、思わず口元に笑みが浮かんだ。
「今日も一日お疲れ様でした。環さん、おやすみなさい」
「……ありがとう」
穏やかに交わしたやりとりに、より顔が綻んでいく。ほんの少し照れも感じながら、私は通話を切った。
口早に告げられた待ち合わせ時刻を頭の中で復唱しながら、熱くなっている頬に触れる。
「これ以上話が大きくなっても知らないからね。困るのは環さんなんだから」
熱に浮かされたようにぼんやりとする一方、先ほど抱いた疑問が蘇ってきて思わずぼやいてしまう。
そこでふっと、別の疑問が頭に浮かんだ。
皆に誤解されて困るのは、環さんだけ? 私自身は、どうなの?
困る? ……それとも、困らない?
「なっ、何考えてるのよ! 私だって困るに決まってるじゃない!!」
まさかの考えを慌てて否定したけれど、鼓動は大きく鳴り響いている。
あんなやつとはもう二度とかかわらないと思っていたのに、すんなりと明日の夜に会う約束をしてしまった。
今日会えて嫌だった……わけではない。
いつの間にか、婚約者のふりくらいしてあげても良いかという気持ちになっている。