アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
だから並木主任に"可愛い"なんて言われ、有り得ないくらい動揺していたのに、それを表に出さないよう必死で堪えていた。
そして経験豊富な大人の女性だと見栄を張るのもいつものパターン。
「そうですね。よく言われますよ。柔らかい唇だって……」
「ほーっ、なら、ちょっと確かめてもいいか?」
た、確かめるってまさか……
一瞬、素の自分に戻り視線が泳ぐ。が、ここで引き下がったら並木主任に負けたみたいで気分が悪い。それに、どうせ私をからかってそんなことを言っているだけで、本当にキスなんてしないだろうと高を括っていたんだ。
「どどど……どうぞ。キスなんて挨拶みたいなものですから」
うわっ、言っちゃった。
「そうか。なら遠慮なく……」
えっ? うそ……本当にキスする気?
迫ってくる並木主任の整った顔に焦りゴクリと生唾を飲み込む。でも、唇が触れる寸前、彼の動きがピタリと止まった。
「……と言いたいところだが、今はまだ仕事中だからな」
「えっ……」
フッと笑った並木主任の長い指が私の顎から離れたの同時に全身の力が抜け、座席の背もたれに倒れ込むように体を沈めた。
はぁ~助かった……危うく大切なファーストキスを好きでもない並木主任に奪われるところだった。
でも、唯が言っていたことは間違いじゃなかった。女慣れしている並木主任は私には刺激が強過ぎる。こんなことが続いたら心臓がもたない。
一向にドキドキが収まらない胸を押さえ浅い呼吸を繰り返していると、運転席のドアを開けた並木主任が「お前も来い」と言って車を降りて行く。