アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
仕方なく素直に車を降りて辺りを見渡せば、あまり手入れがされていない杉の木が大きく枝を張り、太陽の光を遮っている。そのせいで昼間なのに薄暗く街中よりかなり寒い。
制服のジャケットのポケットに手を突っ込み、車のトランクを開けた並木主任の元に駆け寄ると、いつの間にかダウンジャケットを着こみアルミケースを肩から下げている。
その姿を不思議に思い眺めていたら、彼が私の足元を見て怪訝な顔をした。
「お前……なんだその靴は?」
「えっ? 靴?」
「長靴を履いて来いって言ったはずだぞ」
あっ、そういえば、そんなこと言われたような……すっかり忘れてた。
一旦、お気に入りのヒールに視線を落とし、ここで何をするつもりなのかと訊ねると、シラっとした顔で崖の方を指差す。
「放線菌(ほうせんきん)の採取だ」
ぶったまげて大声を上げてしまった。検査事務部はあくまでも事務的な業務を補佐するのが仕事。研究対象の素材を採取するところまではタッチしていない。
現に、今まで担当してきた研究員の採取作業に同行したことは一度もないし、引継ぎをした山本先輩からも、そんなことをしていたなんて話しは聞いていなかった。
それを並木主任に確かめてみると……
「当然だ。山本君は妊婦だぞ。こんな急な山道を登らせるワケにはいかないだろ?」
確かに妊婦の山本先輩には山登りは無理だけど、私が疑問に思っているのはそこじゃない。
「この山登りが、検査事務部の仕事とは思えないんですけど」
露骨に嫌な顔をする私を見て、並木主任が大きなため息を付く。