アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「そうか……俺、コイツに嫌われてるのか……」
「間違いないよ。好きな男だったら喜んで受け入れるはずだからね。気絶するくらいイヤだったんだよ」
なんだか話が変な方向に向かっている。でも、私はおばあちゃんの誤解を解く気にはなれなかった。
そう勘違いされて別れた方が後腐れがなくていい。
暫くして頃合を見計らい起き上がると、その弾みで肩の辺りにあったコーヒー牛乳の瓶が転がっていく。それを拾い上げた並木主任が心配そうな顔で「大丈夫か?」と切れ長の目を細めた。
「はい……」
「そうか、良かった。それと……悪かった」
素直に謝られ、なんだか複雑な気持ちになる。事あるごとに男慣れしていると豪語してきたのに、最後の最後にこの始末。結局私は意地を貫き通すこともできない中途半端な女なんだ。
温泉を出て車に乗ると並木主任は私の手にコーヒー牛乳の瓶を手に握らせ、車を発進させる。
家に戻るまでの数十分、車内は気まづい雰囲気に包まれ、私達の間に会話らしい会話はなかった。何か喋った方がいいのかと考えていたが、とうとう何も言えないまま車が家の前に停車する。
そして車を降り、玄関の前まで来たところで並木主任が振り向いて穏やかな口調で言ったんだ。
「今から社宅に戻る」
「えっ……社宅に戻るのは明日のはずじゃあ……」
「そう思っていたんだけどな、翔馬もお母さんも風邪で寝てるし……特にお母さんは、俺が居たら気を遣ってゆっくり寝てられないだろ? 無理させたら悪い」
食事の用意くらい私がすると引き止めたが、彼は優しく微笑み首を振った。
「それに、お前も俺が居ない方がいいだろ?」