アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
こんなに好きなのに、身を焦がすほど好きなのに……
堪らず布団に突っ伏し、シーツを手繰り寄せれば、微かに漂ってくる並木主任の香り。その残り香さえも愛しくて胸が押し潰されそうになる。
もっと早く……彼女より早くあなたと出会えていたら……
この日の夜は、もう会うことが叶わない最愛の人の残り香を抱き締め、眠った――
――月曜日、社員食堂……
今日の空は、まるで私の心の中を映し出しているような灰色の曇天。
いつもの窓際の席で箸を持ったまま社食の入り口をぼんやり眺めていると、恋愛小説を読み終えた唯が視線を上げ、ため息混じりに言う。
「禁断のチンジャオロースをチョイスするとは、未練タラタラじゃない」
「なんかね……ピーマンを残していたら、並木主任がピーマン食えって現れそうで……」
「あ~ぁ、そんなに好きなら、どうして本当の気持ち伝えなかったのよ? 意地張っちゃってバカみたい」
「そうだよ。私はバカ。大バカ者だよ」
その言葉、母親にも言われた。自分の気持ちもまともに伝えられないバカ娘だって。
昨日の朝、並木主任が一日早く社宅に戻ったと母親と翔馬に伝えると、ふたりともショックを受け、落ち着いていた熱がまた上がってしまった。
母親も翔馬も、そして私も、並木主任が家に居るのが当たり前になっていて、気付けば彼の姿を探し、いつも座っていたソファーに視線を向けていたていた。
「今日のお昼過ぎに引っ越すんでしょ? 見送りに行ったら? これがラストチャンスだよ」
「ラストチャンス……」
「そうだよ。もう会えないかもしれないのに、後悔してもいいの?」