アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
後悔は既にしている。しまくっている。でも……
私の煮え切らない態度に苛立った唯が力任せにテーブルを叩く。
「今行けば、まだ間に合うじゃない。並木主任に会いに行きなさいよ!」
怒鳴った唯が私の目の前に差し出したのは、彼女が読んでいた恋愛小説の文庫。
「この小説はね、まだお互いを想い合っているふたりがすれ違って別れてしまうってストーリーなの。でも、諦めきれないヒロインが、仕事で海外に長期出張することになったヒーローを空港まで追い掛けて行くのよ。で、お互いの気持ちを確かめ合ってハッピーエンド。
紬もウジウジ未練たらしくチンジャオロース食べてないで、自らの手でハッピーエンドを掴み取りなさいよ」
小説と現実をごっちゃにして熱く語る唯の迫力に押されタジタシジ。でも、その言葉で私の気持ちが大きく揺らいだ。
そうだ。たとえ気持ちを伝えて振られたとしても、もう二度と会うことはないんだ。それなら全てを吐き出して後悔が残らないようにした方がいい。
「それに、振られるって決まったワケじゃないでしょ? 私は今でも並木主任は紬のこと好きだと思ってるよ」
「あ……」
唯の言葉が私の背中を押した。たとえ僅かでも、まだ可能性が残っているなら、その可能性に掛けてみたい。
「唯、私、並木主任に会ってくる」
「よし! 行ってこい! 部長がなんか言ってきたら、お腹を壊してトイレに籠ってるって言っとくから」
唯の友情に感謝しながら大きく頷くと、全力疾走で駐輪所に向かう。
確か引っ越しのトラックが出るのは二時頃だって言ってたな。今なら自転車でも十分、間に合う。