アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
そう、並木主任は私に嘘を付いていた。
――話しは一年前、並木主任が引っ越したあの日に遡る……
並木主任が彼女と仲睦まじく引っ越しの用意をしているところを目撃し、失恋を確信した私は粉雪が舞い散る中、会社に戻って来た。そして山辺部長に呼び出されたんだ。
いつか常務と話した会議室で、山辺部長は雪が降り続く窓の外を眺めながら「並木主任のことなんだが……」と切り出す。
その名前を聞きたくなくて眉を顰め黙っていると、振り向いた山辺部長が勝手に喋り始めた。
「新田君のプライベートに口を出すつもりはない。しかし君がこれからもバイオコーポレーションの社員で居たいのなら、並木主任とは関わらない方がいい」
理由は、並木主任がバイオコーポレーションの内部情報を他社に漏らしていたことを突き止めた本社が、他に仲間が居ないかを探っているから。このまま並木主任と付き合っていれば、私まで疑われるからと……
「違う……並木主任は無実です! 彼はそんなことをするような人じゃない……」
並木主任とは悲しい結末になってしまったけれど、そのことに関しては、彼を信じていた。しかし山辺部長は、間違いないと身を乗り出す。
「料亭で会った時のこと、覚えているかね?」
「料亭……もちろん覚えてます」
忘れるワケがない。あの時、部長の前で並木主任と交わしたキスが、人生初のファーストキスだったんだから。
「あの時、私は海外から視察に来た企業を接待していたんだが、並木主任はその内容を盗み聞きしていたんじゃないかと疑っている」
「えっ……」