アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「あの料亭に行ったのは、本当にたまたま偶然で、並木主任は山辺部長が来ていたということは知らなったと思います」
声を荒げ並木主任を庇ったが、自分の発言で新たな疑問が浮上した。
あの料亭に行こうと言い出したのは、並木主任だ。それも、当日、突然。
小さな疑惑が芽生えると、彼の不可思議な態度に疑惑の色が濃くなっていく。
部長が言うように、全く否定しなかったというのはおかしい。私には情報漏洩はしていないってハッキリ言ってくれのに、どうして否定しなかったのか……
その理由はひとつしかない。私に言ったことは嘘。だから否定できなかった。私は並木主任に騙されていたんだ……
その結論に辿り着いた時、全身の力が抜け、なんだかもうどうでも良くなってきた。
今更、真実を知ったところで何かが変わるということはない。それなら彼のことは考えないようにしよう。でないと次の一歩が踏み出せない。
そう心に決め会議室を出たのだが、途中、並木主任が居た成分研究部の前を通った時、無意識に硝子張りの研究室の中を眺め、居るはずのない人の姿を探していた。
もう並木主任のことは忘れるって決めたのに……私ってホント、バカ!
――「……だから、もういいんだよ」
「まぁね、疑惑は残るけど、あんなイケメンもう現れないよ~。せめて結婚したかどうかだけでも確かめてみたら?」
唯の諦めの悪さは天下一品だ。
「あのね、もし唯が言うように、結婚が破談になっていたとして、少しでも私のことが気になっていたら連絡してくるはずでしょ? それもないんだから脈なしだよ」