アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
そう言いながら、一年経った今でも成分研究部の前を通ると立ち止まってしまう私も、唯に負けず劣らず諦めの悪い女なのかもしれない。
自分に呆れつつ立ち上がると唯に声を掛ける。
「そろそろ時間だね。戻ろっか?」
唯と社食を出てオフィスに戻ると、山辺部長が眉間に深いシワを刻み深刻そうな顔で電話をしていた。そして静かに受話器を置くと私を呼ぶ。
「……悪いが、ちょっと一緒に来てくれるかね」
連れて行かれたのは、あの会議室。わざわざ人目を避けてここに来るということは、あまりいい話しではないのか……
主任昇格の件が飛んだのかと不安に思いながら、相変わらず難しい顔をしている山辺部長に要件を聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「実は今、本社の人事部長から電話が掛かってきてね……新田君の本社への異動が決まったと報告があったんだよ」
「はい?」
部長は何を言っているんだろうと思った。この研究所の事務系の女性社員は、ほとんどが地元採用で、役職者でない限り基本的に異動はない。
「しかし驚いたなぁ。新田君が本社の秘書課に異動だなんて……」
「えっ! 今、秘書課って言いました?」
「あぁ、君、元々は本社の秘書課に配属されるはずだったそうじゃないか。ということは、無謀な異動命令ではないということだね」
「はあ……」
部長が言うように、入社当時の私は秘書課希望だった。けれど、それはもう六年も前のこと。どうして今更……
――その理由は、意外なものだった。