アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
途中で私を追い抜いた並木主任はどんどん先に行き、時々振り返っては嫌味たっぷりな咳払いをしてプレッシャーをかけてきた。
「おい、日が暮れるまでに戻らないと危険だぞ。早く来い」
「えっ……危険?」
「あぁ、時々、イノシシが出る。で、たまに、熊も出たりする」
「くっ、熊ぁ?」
人は自分の命に危険が迫っていると分かった瞬間、有り得ない力を発揮するものだ。それは私も例外ではなかったようで、今まで乳酸が溜まって一歩踏み出すのも辛かった足が凄い勢いで動き出す。
熊が出没するような危険な場所に私を連れて来たということは、私が熊に襲われて食われてもいいと思っているってことだよね? もうパワハラとか、そういうレベルの話しじゃない。
辺りを警戒しながら歩くこと一時間。ようやく目的の場所に到着した。
そこは、沼地にある小さな池。開けた空から降り注ぐ柔らかな冬の日差しが、緑色の水面に浮かぶ広葉樹の落ち葉を優しく照らしている。
まるで絵画のような幻想的な光景に感動し、疲れが一気に吹っ飛ぶ。
「わぁ~綺麗……」
「見惚れている暇はないぞ。この沼の周辺の土を採取する。手伝ってくれ」
すっかり仕事モードの並木主任から手渡された密封容器に少しずつ土を入れていく。が、ふとなぜ放線菌の採取なんだろうと不思議に思った。
「あの、放線菌って抗生物質になる微生物のことですよね?」
「あぁ、よく知ってるな」
さっきはそれどころじゃなかったから完全にスルーしちゃったけど、ウチの研究所は乳酸菌の研究がメインで、放線菌は研究対象じゃない。