アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「チャンスって……私はもう秘書になる夢は諦めたし、今の生活を変えるつりはないんだけど」
ため息を付き、コーヒーを飲もうとしていた私の手から紙コップを奪い取った唯が、怖い顔で睨んでくる。
「いい? 本社に行けば、並木主任と会えるかもしれないでしょ? もしかしたら禊(みそぎ)が終わって本社に戻って来てるかもしれないじゃない」
そっちか……
私が必死に並木主任のことを忘れようとしているのに、諦めの悪い唯はそれをことごとく邪魔して私の心を搔き乱す。
万が一、並木主任が本社に戻っていたとしても、結婚していたらどうするのよ。幸せそうな彼を間近で見ながら仕事しろって言うの? そんな地獄のような日々、耐えられない。こうなったら、何がなんでも転勤は断らなくては……
そう決意した私の横で「そうだ!」と唯が声を上げた。
「ねぇ、仕事が終わったら、本社の栗山さんに聞いてみようよ。彼女、前に紬を本社の秘書課に推薦してもいいって言ってたじゃない。もしかしたら今回の異動は栗山さんが絡んでいるのかもよ」
「あ、そうか。栗山さん、常務秘書だったよね」
なるほど、常務直々の異動命令だと聞いて不思議に思ったけれど、栗山さんの口添えなら常務が出てきてもおかしくない。……ということは、栗山さん経由で断ることができるかも。
――そして仕事が終わり、久しぶりに唯と会社近くの居酒屋に飲みに行く。
まだ時間が早いせいもあり、店内の客はまばら。私達は迷うことなく個室に入り、素早く飲み物と料理をオーダーすると鞄からスマホを取り出す。
「栗山さん、まだ仕事中だと悪いから、ラインするね」