アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

唯がメッセージアプリを起動させ、慣れた手付きで文字を打ち込み送信した。返信を知らせる受信音が鳴ったのは、十分後。


【今仕事が終わって会社を出たところ。電話OKです】


表示されたメッセージを見て唯がすかさず通話ボタンをタップする。そして私が本社の秘書課に異動することが決まったと告げると、栗山さんの『初耳だよ!』って叫ぶ声が唯のスマホから漏れ聞こえてきた。


慌てて唯からスマホを奪い取り、改めて常務から何も聞いてないか訊ねてみたが、異動の件は何も聞いていないと困惑した様子だった。


『実は私、今は常務の秘書じゃないのよ……』

「そうだったの……私はてっきり、栗山さんが常務に推薦してくれたんだとばかり……」


本社行きを断る術を失い落胆して黙り込んでいると、今度は唯が私からスマホを奪い取り、もうひとつ聞きたいことがあると切り出す。


「一年前に本社に戻った並木主任のことなんだけど。今、どこに配属されているか分かる?」


ようやく並木主任の居場所が分かるのだと思ったら、心臓がドクッと音を立て心拍数が一気に跳ね上がる。が、栗山さんは並木主任のことを知らなかった。


並木主任は、こっちの研究所に来る前は本社に居た。当然、知っていると思っていたのだが、栗山さんが言うには……


『同じ本社でも研究室は別棟にあるの。出入口も別になっているから研究室の人と顔を合わすことは殆どないのよね』


でも、どこの支社に居るかは社員名簿を調べれば簡単に分かるので、今から会社に戻って確認してみると言ってくれた。


一旦電話を切り、栗山さんからの電話を待つ。

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