アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
――三日後……
栗山さんの話しで並木主任が会社を辞めたことが判明して以来、あんなにしつこく並木主任のことを話題にしていた唯がピタリと彼の名前を口にしなくなった。そして私も、今度こそ彼を忘れようとしいてた。
「……新田君、ちょっと来てくれるかね」
「あ、はい」
午後の仕事が始まり、一時間程経った時のことだった。山辺部長に呼ばれデスクの前に立つと、部長が満面の笑みで私に一枚の紙を差し出してくる。
手渡された紙には"辞令"の文字が……そしてその下には私の名前と"本社 総務部 秘書課への異動を命ずる"と記されていた。
えっ? まだ先のことだと思っていたのに……
予想していたよりも早く正式に異動命令が出たことに戸惑い、辞令を持ったまま動けずにいると、追い打ちを掛けるように山辺部長の口から驚きの言葉が発せられる。
「本社出勤は十二月二十五日。それまでに引っ越しを済ませて出社できる状態にしておくように、ということだ」
「はぁ? ちょっと待ってください。今日は十三日ですよ。二週間もないじゃないですか!」
あまりにも急な話しに納得がいかず部長に詰め寄るが、部長は本社命令だからの一点張りで取り付く島もない。
そして常務と話しをさせて欲しいとお願いする私を無視して突然立ち上がると、オフィスに居る社員に向かって「注目~」と叫び、私の本社異動を声高らかに発表してしまったんだ。
直後、驚きの声が上がり、続いて拍手が鳴り響く。興奮した同僚達が私の周りに集まってきて「おめでとう」とお祝いの言葉を掛けてくれるが、全くめでたくない私はガックリ肩を落とし、無言で項垂れていた。