アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

一瞬、冗談かと思ったが、どうやら母親は本気のようで、洗い物を終えるとダイニングテーブルの上にあった折込チラシを広げ、裏面に引っ越しまでの予定を書き始めた。


「二十五日に本社に出社するってことは、二十三日までには引っ越しを済ませておいた方がいいわね。マンションも探さなきゃだし、忙しくなるわよ~」


なんだか凄く楽しそう。まるで遠足前日の小学生のようだ。


「ねぇ、本当に私と一緒に東京に行くつもり?」

「もちろんよ。翔馬が引っ越す時、東京に行ったでしょ? あの時、本気で帰りたくないって思ったのよ」


母親は、初めて行った東京に魅せられ、ここで暮らせたらどんなにいいだろうって思ったそうだ。いっそこのまま東京に残り、翔馬と一緒に暮らそうか……そんな考えが頭を過ぎったが、私のことを思って渋々帰って来たのだと恩着せがましいことを言う。


「仕事はどうするのよ? 急に辞めたら迷惑掛けるんじゃない?」

「そうなのよ~引き継ぎには一ヶ月くらい掛かるかなぁ……だから、紬が東京に行く日に一緒に引っ越すことはできないと思うけど、片付き次第、すぐそっちに行くわ」

「……あ、そう」


なんだか拍子抜け。あんなに悩んでいたのがバカバカしく思えてくる。


その後、母親は東京の翔馬に電話をしてマンション探しを頼み、翔馬が引っ越す時にお世話になった運送会社に見積もりを依頼していた。


スマホで東京の地図を見てはしゃぐ母親を戸惑いながら眺めていたのだけど、泣かれて引き止められるよりはいいかと割り切ってお茶をすする。


また家族三人で暮らせるんだ。良しとしよう。

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