アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
しかし母親の仕事の心配をしている場合じゃなかった。私も十日程で引継ぎを終えなくてはいけない。
急なことだったので、私が担当していた仕事は取りあえず唯が引き継ぐことになり、通常業務が終わった後、唯とふたり、コンビニ弁当を食べながら残業の日々。
「この検査データは、一週間前のものと比べて数値にバラつきがあるのよ。不純物が混ざってる可能性があるから再検査するみたいなの。だから、まだ本社には送らず保留にしといて。それと、こっちの表には折れ線グラフを入れるの忘れないで……」
「分かったから、ちょっと休憩しない?」
初めは熱心にメモを取っていた唯だったが、さすがにお疲れのようであくびを連発している。
「ごめんね……唯の仕事増やしちゃって」
「紬が謝ることじゃないよ……でもさ、アンタには夢を諦めるなって偉そうなこと言ったけど、いざ紬が居なくなると思うとやっぱり寂しいな」
「唯……」
私も唯と離れるのは寂しい。この会社に入ってずっと一緒に過ごしてきたんだもの。
私の思い出は、そのまま唯の思い出。話していると懐かしい出来事が次々に蘇ってきて泣きそうになる。
「もぉ~なんて顔してんのよ! やっと秘書になる夢が叶うんじゃない。それに本社にはイケメンがゴロゴロ居るかもよ。恋愛小説に出てくるようなハイスペック彼氏ができたら、すぐ教えてよね」
「……うん、分かった」
なんて返事をしたけれど、本当は、もう男の人は懲り懲り……そう思っていた。
ごめんね……唯。多分、その約束は守れないよ。