アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

並木主任のことを思ってそう言っているのに、彼は私の忠告を無視してデスクの椅子にドカリと座り、偉そうにふん反り返る。


「常務? 誰のこと言ってんだよ?」


すっ呆けたことを言う全く危機感のない並木主任に脱力し、心配している自分がバカみたいに思えてきた。


「へぇ~常務室に居るのに、大嶋常務を知らないんですか?」

「おいおい、バイオコーポレーションに大嶋って常務は居ないぞ」


全然笑えない冗談で更に私を呆れさせる並木主任。これ以上、何を言っても無駄だと悟り「もういいです。好きにしてください」と投げやりな言葉を吐き出す。


けれど、後ろのドアが開く音がした瞬間、大いに焦り、大嶋常務になんて言い訳しようかと必死に考えていた。


しかし部屋に入って来たのは常務ではなく根本課長だった。ある意味、常務より厄介な人かもしれない。


根本課長は常務のデスクに座った並木主任を真っすぐ見つめ片方の眉をピクリと震わせる。


うわっ、完全に怒っている。


「あ、あの、根本課長、この人は以前、バイオコーポレーションに勤めていた並木愁さんで、決して怪しい人ではありません」


取りあえず並木主任が不審者ではないということを分かってもらおうと声を掛けるも、課長は私を見る事無くデスクに向かって一直線に歩いて行く。


あぁ……万事休すだ。


心の中でそう呟いたのだけれど、なぜか課長はデスクの前に立つと並木主任に向かって深々と頭を下げた。


「おかえりなさいませ。八神(やがみ)常務」

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