アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

「他の社員が居る前で常務にタメ口で話し掛けるようなことはいたしません」

「他の社員? あぁ……そこの新田紬のことを言ってるのか? それなら気にするな。アイツは気を使うようなヤツじゃない」


確かに私は並木主任に気を使われるような女じゃないけれど、改めてそう言われるとカチンとくる。が、今はそんな小さいことにムカついている場合じゃない。


「あの、私は常務が交代したことを聞いていません。それに、並木さんが八神常務とは……いったいどういうことなのでしょうか? 」


私の問いに根本課長は怪しげな笑みを浮かべ「もうこの世に、並木愁という人間は存在しないわ」とキッパリ言い切る。


私、からかわれているんだろうか? だって、ここに居るのは間違いなく並木主任だもの……


「あ、でも、どう見ても並木さんなんですが……」

「この方は、バイオコーポレーションの常務取締役、八神愁さんです」

「八神……愁?」


瞬きするのも忘れ並木主任を見つめると、彼が真顔で小さく頷く。それが合図だったかのように、横に居る根本課長が再び話し出した。


「八神常務は、今朝、長期出張していたアメリカからこの本社に戻ってこられたのよ」

「アメリカ……ですか?」


えっ……ちょっと待って。ということは、へき地へ飛ばされたというのはガセで、実際はアメリカに長期出張していて、常務になって戻って来たってこと?


これぞ正しく青天の霹靂。仰天して腰が抜けそうになる。しかし驚きはそれだけではなかった。

< 152 / 307 >

この作品をシェア

pagetop