アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「八神常務は、渡米する時に叔父である社長と養子縁組をされて苗字が変わったの」
「ええっ! 並木主任は社長の甥ごさんだったんですか?」
そんなの初耳だ。確かに裕福な家庭で育ったというのは聞いていたけれど、まさかバイオコーポレーションの社長の甥っ子だったなんて……
「現社長にはお子様がいらっしゃらないの。なので会社の将来を心配した社長が自分が元気なうちに親族から後継者を選ぶと宣言されたのよ……」
――その時、白羽の矢が立ったのが、社長の妹の息子で、バイオコーポレーションの社員だった並木主任。随分前から打診はされていたそうだが、研究一筋の並木主任は会社経営には全く興味がなく、ずっと断り続けてきたそうだ。
じゃあなぜ、今になってその申し出を受けたんだろう……
その疑問が頭を掠めた時、並木主任の左手の薬指に光るシルバーリングが目に留まった。
あ……
やっぱり並木主任は結婚していたんだ。そうだろうと思ってはいたけれど、こうして現実として突きつけられると辛くて胸が張り裂けそうになる。
もしかしたら、彼の妻になったあの娘がそれを望んだのかも……好きな人に乞われれば、気持ちが変わることだってある。それだけあの娘のことを愛しているってことだ。
本社になんて来なければ良かった……
後悔の念が心の中で渦を巻き、ため息となって吐き出されたその時、根本課長が並木主任のセーターの袖が伸びていることに気付き、顔を強張らせた。