アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「なんですか? その袖は?」
うわっ……バレた。これは間違いなく根本課長の雷が落ちる。
そう思っていたら、並木主任が、アメリカではこれが流行っているんだと微妙な嘘で私を庇ってくれた。しかしそんなお粗末な嘘を根本課長が信じるはずがない。
ここは観念して素直に謝ろうとしたのだが、根本課長は意外にもアッサリ並木主任の嘘を信じてしまった。
お陰で怒られずに済んだのだけれど、並木主任に借りを作ったみたいでなんだかモヤモヤする。
「ご希望のスーツにネクタイ、全て用意してあります。今すぐ着替えてください」
根本課長が開けたクローゼットには、ブランド物のスーツがズラリと並んでいる。課長はその中の一着を取り出し振り返ると、私に常務室を出るよう指示した。
並木主任にはまだ聞きたいことが山ほどある。でも、根本課長には逆らえない。諦めて常務室を出ようと歩き出した時だった。並木主任が私を引き止める。
「お前は俺の秘書なんだから、ここに残れ」
驚いたのは根本課長だ。秘書経験のない私をいきなり常務秘書にするのは抵抗があったのだろう。経験豊富な社員を秘書に就けると譲らない。暫く押し問答が続いたが、最後は並木主任の"常務命令"という一言で課長が折れた。
納得いかない表情で根本課長が常務室を出て行くと、一瞬、室内は静まり返り、私達は無言で見つめ合う。
少し短くなったダークブラウンの髪。変わらず涼し気な切れ長の瞳。そして耳から離れることがなかった低く通る声……
もう会えないと分かっていても吹っ切ることができず、ひっそり想い続けてきた愛しい人――でもその時、唯に言った言葉を思い出し顔が引きつる。