アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

「今だから言うが、一年前、お母さんにも同じことを言われたんだ。"ふり"じゃなく本気でお前と付き合ってやってくれって」

「はぁ? 一年前って、一緒に住んでた時にですか?」

「そう、お前の家のボイラーが故障して温泉に行っただろ? あの時、家を出る前にこっそりお母さんに耳打ちされたんだ。お前は結婚する気はないなんて言ってまだ誰とも付き合ったことがないが、本当は彼氏が欲しいと思ってるはずだって」


そして母親は『紬は意地っ張りで素直じゃないから強引なくらいがちょうどいいの。いっそのこと一緒に温泉に入っちゃえば?』って八神常務をけし立てた。


「うそ……」


私が必死で隠してしたことを母親は勝手にバラしていた……ということは、八神常務は私が処女だってこと一年前から知っていた?


衝撃を受け、今度は八神常務の腕の中で気を失いそうになる。そんな私を更に強く抱き締めた彼がため息混じりに言う。


「だから強引に温泉に入っていったんだ。なのにお前は思いっきり俺を拒否って気絶したろ?」


八神常務は、当然、自分を受け入れてくれるものだと思っていたのに、予想に反してまさかの展開。あの時は相当へこんだらしい。


「温泉のばあさんにも脈はないって断言されちまったし……だからお前を東京に連れて行くのを諦めたんだ」

「わ、私を東京に?」

「そうだ。本当は、一年前にお前を本社の秘書課に異動させ、俺がアメリカに行っている間、本社と研究所の様子を報告してもらおうと思っていたんだ」

「なっ、私みたいな平社員にそんな大役無理ですよ!」

「いや、本社の社員と余計なしがらみがなく、山辺部長と親しいお前じゃなきゃダメだった……」

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