アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
遠い目をして微笑む八神常務を見ていると、以前、家族そろって食卓を囲むごく普通の家庭に憧れていたと寂しそうな顔をしていた時のことを思い出す。
だから八神常務は、また私達家族と一緒に暮らそうとこのマンションを買ってくれたの?
出来上がったフレンチトーストを彼の前に置き、今度は私が八神常務をジッと見つめる。
……それに、早紀さんが聞いた『一番、大切な女との約束を守る為だ』というあの言葉……
昨夜の怒りが徐々に薄れていくのを感じ、もしかしたらって淡い期待が胸を熱くする。結局、私はどんな酷いことを言われても、八神常務を嫌いにはなれないんだ……
理性が感情に負け、彼を見つめる目が熱っぽくなるのを自覚した時だった。フレンチトーストを食べ終えた八神常務がパジャマの胸ポケットから一枚のメモを取り出し私に差し出す。そのメモには、携帯番号と思われる数字が並んでいた。
「山辺部長の携帯電話だ」
「はぁ? 山辺部長の番号ならスマホに登録してありますよ」
「よく見ろ。社用の番号じゃない。プライベート用だ。お前はその番号に電話して俺の悪口を言いまくれ。で、向こうがどんな反応をするか確かめるんだ」
「なっ、本気で私にスパイをしろと?」
「その為にお前を本社に呼んだんだ。上手くやれよ」
上手くやれよか……あっという間に結論が出た。つまり私はただのスパイってことだ。
持ち上げておいて一気に奈落の底に堕とすのは、彼の得意技。今まで幾度となく同じ目に遭ってきたのに、私ってホント、学ばない女だ。