アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
――バイオコーポレーション。常務室……
「……本日の予定ですが、午前中は常務就任のお祝いを兼ねて挨拶をしたいという取引会社のアポが五件入っています。午後からは都内の製薬会社など、こちらから伺う予定になっている会社が四社。それと……」
「もういい。時間の調整はお前に任せる」
海外の製薬会社と合同で立ち上げた新会社の責任者も兼任している八神常務のパソコンには、国内外から大量のメールが届き、朝からその対応に追われていた。
今朝、八神常務がマンションを出たのは六時半。私が始業時間の九時に出社した時には既にこんな状態で、途中、電話が入ってもキーボードを打つ手が止まることはなかった。
これじゃあ外出もままならない。製薬会社への挨拶回りは明日以降に変更するか……
真新しいスケジュール帳を開いてクライアント名簿と睨めっこしていると、キーボードを打つ音が止まり、八神常務が顔を上げる。
「スケジュール調整は後でいいら、早く山辺部長に電話しろ」
「……今、ここでですか?」
「あぁ、今すぐだ」
そう言った時にはもう、パソコンの画面に視線を移し、キーボードを打ち始めていた。
やれやれ、秘書としての仕事より、そっちが優先されるのか……こうなったら、こっちも開き直るしかない。
私が情報漏洩の証拠を掴んでやる! と意気込み、スーツのポケットからあのメモを取り出して言われた通り山辺部長に電話をしたのだが、呼び出し音は鳴るもののなかなか出てくれない。