アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
キョトンとした八神常務がマジマジと私を見つめ、不思議そうに聞いてくる。
「俺がいつお前にセクハラやパワハラをした?」
「いつって……常にですよ。自覚なかったんですか?」
今なら何を言っても許されるだろうと思い、ここぞとばかりに普段言えないことを言ったのだが、残念ながら八神常務の方が一枚上手だったようで……
私の顎をクイッと持ち上げ「好きな男にされるセクハラはときめくだろ?」って妖艶な瞳で微笑む。
悔しけど、そうなんだよね……八神常務のセクハラは、確かにときめく。だから困っているんだ。このまま会社でも家でもずっと一緒に居たら、彼の言葉や態度に一喜一憂して情緒不安定になりかねない。
やっぱり、あのマンションを出た方がいいのかな……でも、マンションには翔馬も居る。翔馬は八神常務を"愛のキューピット"とか言って懐いているし、マンションを出ると言ったら間違いなく反対するだろう。
それに、一ヶ月後には母親もこっちに引っ越して来る。母親のことだ。あんな高級マンションに住めると分かれば、八神常務側に付くに決まっている。
かと言って家族を置いて私ひとりがマンションを出るってのも、どうなんだろう……実に悩ましい問題だ。
結局ひとりでは決められず、仕事が終わった後、唯に電話をして相談してみると、まず、並木主任が常務に就任したことに仰天していた。
『……主任から一気に常務って……そんなのアリなの?』
八神常務が言っていた通り、唯も常務が交代したことは知っていたが、それが"並木主任"だとは知らなかった。