アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

土曜日だということもあり、商業ビルの一階のエントランスでは何かのイベントが行われているようで、多くの若い女性が集いごった返していた。


人の間を縫うように歩きエスカレーターで三階まで上がると、お目当てのオーガニックレストランが視界に入る。


八神常務と打ち合わせした内容を頭の中で確認しつつ店内を覗けば、約束の時間までまだ二十分もあるのに、既に山辺部長が来ていて背中を丸めてコーヒーを飲んでいた。慌ててジャケットのポケットに手を突っ込みボイスレコーダーをオンにする。


自然に……怪しまれないようにしないと……


悲壮感漂う表情で山辺部長が座っているテーブルに近付き声を掛けると、私が席に着くより先に質問が飛んできた。


「並木……いや、八神常務からのセクハラはまだ続いているのかね?」

「あ、はい。実は、もう一度付き合おうと言われたんですが、断ったんです。なのに彼ったら、しつこくて……ふたりっきりで常務室に居ると体を触ってきたり、抵抗すると秘書のくせに常務に逆らうのかって怒鳴るんです。もう限界……耐えられません」


打ち合わせ通り、八神常務の悪口を言いまくっていたら、ずっと黙って私の話しを聞いていた山辺部長が口を開く。


「新田君の気持ちはよく分かった。それで、ひとつ聞きたいんだが、八神常務にもう一度付き合おうと言われて断ったその理由を教えてくれないか?」

「えっ?」


これは、打ち合わせにない想定外の質問だった。

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