アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
私が大きく頷くと山辺部長は「そうか……」と微笑んで自分の腕時計に視線を落とした。
「悪いが、私はこれで……八神常務のことは私から本社に伝えておくよ」
テーブルの上の伝票を持って立ち上がった山辺部長に、まだ話しがあると訴えたのだが……
「今から娘とデートなんだ。単身赴任をしていると社会人の娘とはなかなか時間が合わなくてね、やっと一緒に映画を観る時間を作ってくれたんだよ」
そう言われると引き止めることができず、苦々しい思いで唇を噛む。
「新田君はゆっくり食事をして帰ればいい。じゃあ、また連絡するよ」
足早にレジに向かう山辺部長をため息で見送ると、すっかり冷めてしまった無農薬野菜の素揚げを口に放り込む。
任せてくれと偉そうに啖呵を切ったのに、情報漏洩の件は何も聞き出せず終わってしまった。正直、少しくらいは何か聞き出せるだろうと思っていたから、この惨憺たる結果はかなりショックだった。
八神常務になんて報告しようかと考えていたら食欲も失せ、早々にフォークを置いてレストランを出る。
重い足取りで一階に下りると、まだイベントは続いていて来た時よりも人が増えている感じだった。いったいなんのイベントなんだろうと背伸びをして確認しようとした時、人混みの中に知った顔を見つけ思わず「あっ」と声を上げる。
あれは、秘書課の元木さん?
元木さんに近付き声を掛けると、彼女は驚いたように目をパチクリさせていたが、すぐに笑顔で手を振ってくれた。