アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
そんなことを考えながら元木さんと別れ、商業ビルを出たところで八神常務に電話を掛ける。
なんの収穫もなかったから嫌味を言われても仕方ないと覚悟していたのに、八神常務は特に怒っている様子もなく、今から迎えに行くと言ってくれた。
でも、わざわざ迎えに来てもらうていうのもなんだか心苦しくてタクシーで帰ることにし、タクシーに乗ると切り忘れていたボイスレコーダーのスイッチをオフにする。そして流れていく景色を虚ろな目で眺めていた。
嫌味を言われた方が楽だったかも……
マンションに帰るとすぐにボイスレコーダーの音声を再生して八神常務に内容を確認してもらう。
すると彼の表情が見る見るうちに険しくなり、やっぱりなんの成果も上げられなかったことを怒っているんだって思ったのだけれど……
「……俺は"へ"か?」
「へっ?」
地雷は他の所に隠れていた。
「えっ、だって、八神常務がそう言えって……」
「俺のことを"へ"と言えとは言ってない」
「あ、あはは……」
そっちかよと笑って誤魔化していたら、間が悪いことにボイスレコーダーから元木さんとの会話が再生され始め、八神常務の機嫌が更に悪くなる。
「なぁ、俺はくどいくらいお前に言ったよな? 山辺部長と別れたらすぐ電話しろって。まさか俺に電話する前に呑気に秘書課の社員の不倫話しをしてるとは思わなかったよ」
結局、嫌味を言われてしまった。
「それに、気に入らないことがもうひとつ……」
「……ま、まだあるんですか?」
「俺はお前に、大嶋専務を好きだと言えと言った覚えもない」