アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
無理やり笑顔を作り母親に手を振っていると隣の翔馬のスマホが鳴り出し、ディスプレイを確認した顔が綻んでいる。そのニヤけた顔から推測するに、おそらく相手は早紀さん。
「姉貴、早紀ちゃんが自分のマンションに帰って来たって言うから、俺、行くよ」
やっぱりそうだ。でも、母親が居る間はどこにも行かず母親の傍に居てくれたし、まぁいいか。
「はいはい、行ってらっしゃい。でも、早紀さんって実家は都内なんでしょ? なのになんでマンション住まいなの?」
「うん、早紀ちゃんの家って複雑でさぁ~……実は彼女、お父さんの愛人の子供なんだよ。本当のお母さんは小さい頃に亡くなってお父さんの家に引き取られたんだけど、お父さんの奥さんと上手くいってないみたいなんだ……」
あの明るい早紀さんにそんな事情があったなんて……もちろん早紀さん本人にはなんの罪もないけれど、本妻さんからすれば、夫に裏切られた上に愛人の子供を引き取って育てるだなんて心中穏やかではなかったはず。早紀さんを疎ましく思って辛くあたったのかもしれないな……
「だから家を出てマンションで暮らしているんだ……」
「そういうこと。以前は八神さんが相談相手になって話しを聞いてくれてたみたいだけど、今は仕事が忙しくてなかなか会えないみたいだから……でも、腹違いのお兄さんとは仲いいみたいだぜ」
そっか、早紀さんお兄さんが居るだ。
「じゃあ、俺、行くから」
走り出した翔馬の後ろ姿が行き交う人に紛れ見えなくなっても、暫くその場に佇み早紀さんの気持ちを想像して胸を痛めていた。すると、メッセージアプリの着信音が鳴る。