アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
しかしそんなことは口が裂けても言えない。微妙な作り笑いで話しを流すも、大嶋専務の愚痴は止まらない。
「だいたい愁は会社経営の基本を分かっていない。いくら社長がその気になったとしても、株主や役員になんの報告もなく勝手に合同会社を作るなど言語道断。そんな勝手なことをしていれば、いつかしっぺ返しがくる」
大嶋専務、相当興奮してるな。いつの間にか呼び名が"愁"に変わっている。
そして更に興奮した専務は私に、愁と別れて正解だと力強く言った。
「君が本社の秘書課に異動になったと知った時、常務になって調子に乗った愁が自分の彼女を本社に引っ張ってきたんだと思い憤りを覚えたが、その時はもう、君と愁の関係は終わっていたそうだね?」
「え、ええ……」
「しかし愁はそう思っていなかった……」
見事に愁が考えたシナリオ通りのことを言っている。だから私もシナリオ通り、話しを合わせたのだけれど……
「君も別れた男にしつこくされて迷惑だったろう。でも、もう心配はいらないよ。アイツも君のことは諦めたようだから」
えっ……愁が私を諦めた?
シナリオにはない展開に困惑し、どういうことかと訊ねたが、返ってきた言葉は「そのうち分かるよ」だった。そして私と初めて研究所で会った時、会議室で辛く当たったのは本意ではなかったと眉を下げる。
「詳しいことは言えないが、色々事情があってね、本当にすまなかった」
山辺部長の情報漏洩の件だと分かったが、そこは何も知らないフリをして小さく首を振ると、安堵の表情を見せた大嶋専務が軽く右手を上げ、翔馬と早紀さんが待つテーブルに戻って行った。