アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
疑いは消えなかったが、必死の形相で「間違いない」と言い切る栗山さんに、それ以上何も言えなかった。
そして午後からは、お互いあえてその話題には触れず、普段通り仕事をこなしていたのだが、定時になると栗山さんは真っ先に席を立ち、そそくさとタイムカードを押して帰ってしまった。
余計なことを言って栗山さんにイヤな思いをさせてしまった……
自分の軽率な発言を反省しつつ会社のビルを出て駅のある方向に歩き出した時だった。後ろからヒールの足音が近付いてきて呼び止められる。
「あ、元木さん、お疲れ様。今日は定時で上がれたんだね」
秘書の仕事は定時があってないようなもの。担当している役員に会食などの予定が入っていれば、同行して直帰というのも少なくない。
「はい、今日は専務、午後からはずっと社に居ましたから。それより凄い話しがあるんです」
元木さんは私の横に並ぶと体を密着させ、周りに会社の人間が居ないか確認して話し出す。
「今日のお昼に、大嶋専務からうなぎの出前を三人分頼まれたんです」
「大嶋専務、うなぎを三人前食べたの? それは凄いね」
「あ、いえ、ふたつはお客様の為に用意したものなんですが、専務室に呼んで食事をするってことは、よほど親しい人か、もしくは一緒に食事をしているところを見られたくない人ですよね。誰だろうって気になるじゃないですか」
元木さんが興味津々で待っていると、そこに現れたのは意外な人物だった。
「えっ? 社長の奥さんと根本課長が?」
「はい、なんだか妙な顔ぶれでしょ? だからドアの向こうからこっそり話しを聞いていたんです」