アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

「もちろん私達家族はどんなにお金が掛かっても父が助かる可能性があるなら構わないって言ったんです。でも父が……」

「……拒否したのか?」

「はい……治るかどうかも分からないのに、家族に迷惑は掛けられない。それに、既に日本でも臨床試験が行われているから、近い内に承認されるはず。それまで待つと……」


普段は穏やかで家族の意見を優先してくれる優しい父親だったのに、その時だけは、私達の意見に耳を貸そうとはしなかった。


「待ちました。そしてやっと治験が行われることになって父が選ばれたのです。ですが、その頃にはもう……結局、間合わなかった。父は治験を受けることなく亡くなりました。

後一ヶ月、治験が早かったら、父は助かっていたかもしれない。でも、父だけが特別じゃないんです。私達と同じ思いをしいる人は日本中にいっぱい居るはずなんです」


唇をグッと噛み締めこみ上げてくる怒りと悔しさを静めようとしたが、堪え切れなくなり、なんの関係もない並木主任に大声で問うていた。


「どうしてですか? 他の国ではとっくの昔に承認されて治療に使われているのに、不公平じゃないですか?」


今日、上司になったばかりの人に自分のプライベートを吐露し、こんな風に怒りを露わにするなんて……きっと並木主任も困惑しているはず。


そう思ったのに、並木主任は力強い声で「その通りだ!」って言ってくれた。


「えっ、本当にそう思いますか?」

「あぁ、安全と有効性が確認された新薬は、全世界で同時に使用できるようになるのが理想だ。でもな、それは現実的に難しい」


その言葉を聞き、項垂れて小さく頷く。

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