アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

「そうだね」と相づちを打ち、苦笑した直後、根本課長の「私の話しは以上。何か質問は?」という声に、体がビクッと反応した。


質問……そうだ。あのこと……


「八神常務は……いつ日本に戻って来るんでしょうか?」


私の問に根本課長は大げさに驚き、秘書の私になんの連絡もないのかと目を丸くする。


「……はい、何も聞いていません」

「ふーん……そう。八神常務が帰るのは、設立発表当日よ。アメリカのメディスンカンパニーのCEOと一緒に帰国して空港からそのまま会場のホテルに入る予定になっているわ」

「そうですか……分かりました」


感情を押し殺し小さく頷くと根本課長が静かにノートパソコンを閉じ、ミーティングが終わった。


ちょうど定時になったので、皆が帰り支度を始めたのだが、根本課長が突然立ち上がり「もうひとつ……」と言葉を続ける。


「これはまだ、役員の方々も知らないことなんだけど、打ち合わせの時にちょっとした発表があります」


意味深な発言に秘書課の皆は色めき立つ。が、根本課長は矢継ぎ早に飛んでくる質問には答えず、ただ機嫌良く笑っているだけ。


その笑顔を見た瞬間、凄くイヤな予感がして握り締めた手にねっとりとした汗が滲む。


秘書課の皆は、会社や仕事に関することだと思っているみたいだけど、それは違うような気がする。きっと、愁のことだ。奥さんが進めていたあの結婚が決まって公の場で発表されるんだ……


覚悟はしていたものの、それが合同会社の設立発表の日だなんて思ってもいなかった。


せめて私がバイオコーポレーションを辞めた後にして欲しかったな……

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