アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「……分かってます。主治医の先生に詳しく説明して頂きましたから」
そう、国の制度を変えるなんてできない。そんなの分かっている。
「だから俺達研究者も努力しているんだ。少しでも早く新薬が開発されるよう、未開の山に入ったり、泥だらけになったりしながらその可能性を探している。それが苦しんでいる人達を救う第一歩になると信じているから……」
「あ……」
そうか、あの放線菌探しも誰かの病を治す為には必要な作業だったんだ……
そう考えると最悪だと思っていた山登りや、沼にハマって四苦八苦していたことが、意味の有ることだったのだと思えてくる。
私も誰かの役に立てたのかな?
自然に顔が綻び「お目当ての放線菌、見つかるといいですね」と男湯に向かって声を掛けると「そうだな」って明るい声が返ってくる。でもその後、並木主任が妙なことを言ったんだ。
「お前の親父さんは間に合わなくて残念だったが、その不公平は、きっと改善される」
「えっ? 本当に?」
「あぁ、近い将来……必ず」
あまりにも自信満々に言うものだから一瞬期待してしまったが、よくよく考えてみれば、そんなの絶対に有り得ない。きっとそれは並木主任の希望的観測。夢物語だ。
でも、たとえそれが夢物語だとしても、私と同じ思いの人が居ると思うと嬉しかった。
「おい、なんかのぼせてきたな。体洗って出るぞ」
「あ、はい」
お喋りはそこで終わり。温泉を堪能した私達は待合室で合流し、コーヒー牛乳を飲みながらおばあちゃんと少し談笑した後、温泉を後にした。