アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
社用車に乗り向かった先は、研究所。並木主任に送ってもらったお礼を言って車を降りると鞄を取りにオフィスに戻る。
もう七時半、殆どの検査事務部の社員は帰宅した後で、残っていたのは山辺(やまべ)部長だけだった。
まさかこんな時間に私が戻って来るとは思わなかったのだろう。驚いた様子の山辺部長がノートパソコンをパタンと閉じ、目を白黒させている。
「新田(にった)君、確か君、並木主任と外出して直帰したはずじゃあ……」
「あ、はい。そうだったんですが、鞄を忘れまして……」
「鞄を?」
山辺部長が何か言いたげな表情をしているのに気付き、急いでデスクの引き出しから鞄を取り出し頭を下げた。
「お疲れ様です」
「あ、君……」
並木主任とどこで何をしていたのか……それを聞かれたら答えに困る。
逃げるようにオフィスを飛び出し研究所を出ると、並木主任が乗った車がまだ玄関前に止まっていた。
あれ? 並木主任、帰ってなかったの?
運転席に近付いて車の中を覗き込むとパワーウィンドウが静かに下がる。
「乗れ、送っていく」
私は慌てて首を振り「私、自転車ですから」と断ったのだが「だったら、自転車ごと送ってってやるよ」って後ろを指差す。
確かに社用車はバンだから、トランクに自転車は乗るかもしれないけど、そこまでしてもらうのは、ちょっと……
だから丁重にお断りしたのだが、並木主任は車を降りて私を駐輪場に引っ張って行く。
「お前が湯冷めして風邪を引いたら、また疫病神とか言われるからな」
うわっ! もの凄い嫌味だ……
そこまで言われたら断り切れなくて仕方なく自転車をトランクに乗せ、再び社用車に乗り込んだ。