アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
「忘れたのか? 秘書課の元木君との雑談も録音してあったじゃないか」
愁は渡米する数日前、以前、自分が働いていた本社の研究所に顔を出し、元同僚と医薬品開発について話しをしていたそうだ。しかしいつしか話題が逸れ、愁が転勤した私の地元の研究所の話しになった。
そこで山辺部長を知る元同僚が、部長と一緒に仕事をするのは大変だったろうと同情してくれたのだが、急に『あっ!』と声を上げ、少し前に新宿で山辺部長を見たと興奮気味に話し出す。
元同僚が興奮していた理由は、山辺部長が若い女性とふたりで仲良く歩いていたから。詳しく聞くとそれは、私が山辺部長と新宿の商業ビルで会った日だった。
愁は『今から娘と映画に行く』とボイスレコーダーに録音されていた山辺部長の言葉を思い出し、娘じゃないのかと言ったそうだ。
すると元同僚は娘説を否定し、絶対に愛人だと自信満々に言うので、なぜそう思うのか聞こうとしたのだが、元同僚が担当している実験に不具合が発生したと連絡があり、その話しはそこで終わった。
そして愁が渡米して一週間程経った時、元同僚の言葉を思い出し、なんとなくボイスレコーダーを聞き返してみてハッとした。
元同僚が絶対に愛人だと言い切った理由は、その女性を知っていたからではないか……元同僚がよく知る人物で、あの日、あの時間にあの場所に居たのは……
まさかとは思ったが、一応、確認の為、元同僚に電話をして山辺部長と一緒に居た女性のことを聞いてみると『秘書課の栗山という社員だった』という答えが返ってきた。
内通者が栗山さんだと確信した愁は、大嶋専務に頼んで興信所でふたりの関係を調べてもらい、同時に私との連絡を絶った。