アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

栗山さんは暫く放心して言葉を失っていたが、暫くすると哀愁漂う瞳で控えめに笑った。


「勝手に誤解して……私、何やってんだろう」


落ち込む栗山さんに掛ける言葉がない。私ができるのは、彼女の体を抱き締めることくらい。無力な自分を恨めしく思っていると、神妙な顔をした大嶋専務が近付いてくる。


もうこれ以上、栗山さんを傷付けないで欲しいという思から大嶋専務の前に立ちはだかり、大きく腕を広げたのだけれど、大嶋専務の口から出たのは「栗山君……悪かったね」という謝罪の言葉だった。


「えっ?」


弾かれるように顔を上げた栗山さんの目から再び涙が零れ落ちる。


「こんなことになる前に、栗山君と真摯に向き合い、ちゃんと話しをするべきだった。今回のことは、君を避けていた私にも責任がある。許してくれ」

「専務……」


深々と頭を下げた大嶋専務の姿を見つめる栗山さんの表情からは、吹っ切れたような清々しさが見て取れた。


「どうぞ頭を上げてください。専務をはじめ多くの方に迷惑を掛けたこと、今は後悔しています。私の方こそ、バカなことをして申し訳ありませんでした」


大嶋専務が栗山さんと向き合ってくれたことが嬉しくて安堵の息を吐くと、目の前の根本課長が腕時計に視線を落とす。


「社長、そろそろ会見会場に行かれた方が宜しいかと……」

「もうそんな時間か……では、この件については日を改めて話し合うということで。ふたりの処分はそれまで保留だな」


社長がCEOをエスコートして歩き出し、その後ろ姿を目で追っていると、あることに気が付いた。


「ここに居た社員の人達は? 皆どこに行ったの?」


慌てふためく私に根本課長が冷めた視線を向ける。


「呆れた……今気づいたの?」

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