アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
私の家は研究所から自転車で十分ほどの住宅街にある。だから車だとものの数分で着いてしまう。
家の前で車が停車すると、並木主任は今から大学の研究所に山で採取した土を持って行くと言った。
「えっ? 東京に行くんですか?」
「あぁ、少しでも早く届けたいからな。それに、明日は土曜で休みだし、向こうで一泊できる」
「そうですか……気を付けて行って来てください。放線菌が見つかることを祈ってます」
笑顔でペコリと頭を下げ、助手席のドアを開けようとして思い出した。
「そうだ。お借りしたジャージ、洗濯して返しますから。持ち主の方にそうお伝えください」
すると並木主任が「持ち主?」って呟き、不思議そうな顔をする。
「そのジャージは、俺のだ」
えっ、これ……レディースものだよ。
そう思った後でハッとした。
なるほどね。そういうことか。このジャージは、並木主任の彼女のもの。並木主任、彼女が居たんだ……
別に驚くようなことじゃない。会社であんなにモテているんだもの。彼女が居たってなんの不思議もない。でも、なんだろう……このモヤモヤした気持ちは?
ゆっくり走り出した車のテールランプを眺めながら、相手は会社の人なんだろうか……って考えていた。そして車が角を曲がり見えなくなると無意識にため息が漏れる。
えっ? 今のため息は……何? それに、どうしてこんなに心がザワ付くの? 並木主任が誰と付き合おうと、私には関係ないことなのに……
自分の感情が理解できず、暫く自転車のグリップを握り締めたままその場に立ち尽くしていた。