アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
右手をヒラヒラさせて歩いて行く並木主任の背中を見つめ「確信犯だ……」と呟く。
でも、どうして並木主任は帰ろうとしないんだろう? 縁もゆかりもない翔馬の家庭教師を引き受け、そして母親に頼まれて私の彼氏のフリまで……
お節介で自己中な強引男か……最悪だなって微苦笑したけれど、そんな並木主任のことが気になって仕方ない。
これが恋というものなのかとふと思う。でも、好きになってはイケナイ人。この先、私と並木主任の関係性が変わることは、おそらく……いや、絶対に、ない。
だったら、この気持ちを彼には知られたくないと思った。
振られるのが分かっていて気持ちを伝えるなんて意地っ張りで中途半端にプライドが高い私には絶対に無理。
握り締めていた空の缶ビールを力任せに潰し、大きなため息を付く。
こんな性格だから、今まで彼氏ができなかったんだろうな……
そして二十分後、並木主任がお風呂から出できたので自分の部屋に戻ろうとすると、彼が風呂上りのビールを催促してきて、私にも付き合えと言う。
仕方なく、ビール一本だけという約束で飲み始めたのだが、バスタオルで濡れた髪を拭いながら美味しそうにビールを飲む並木主任の姿が妙に色っぽくて心がザワザワし始めた。
なんとか気持ちを落ち着かせようと私もビールを喉に流し込むと、並木主任がまだ少し湿った髪をかき上げ、ボソッと呟く。
「この家、居心地いいよな」
「あ、もしかして、並木主任が帰らない理由ってそれですか?」
「ハハハ……バレたか。翔馬は可愛いし、お母さんの料理は旨い。お前の家族は最高だ」