アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
苦労した甲斐があったと喜んでいると、並木主任が前屈みになり「お前は俺にとって幸運の女神かもしれないな」なんて真顔で言うからドキッとして缶ビールを落としそうになる。
「めっ、女神?」
「ああ、研究所の連中には、俺が必ず放線菌を見つけるから心配するなと啖呵を切ってここに来たんだが、仕事をしながら探すのは思った以上に大変でな……この調子じゃあ、数年は掛かりそうな気がしていたんだ」
限界を感じていた並木主任は、今回採取した土の中に探している放線菌が無ければ、恥を忍んで大学の学生を呼び、手伝ってもらおうと考えていたらしい。
「でも、お前が協力してくれたらすぐに見つかった。だから幸運の女神だ」
女神だなんて言われたら悪い気はしない。照れながらホクホク頷いていたのだが、次に並木主任が言った一言で一気にテンションが下がる。
「俺もずっとこっちの研究所に居るワケにはいかないからな……」
「えっ……並木主任、異動になるんですか?」
「まぁ、そんなとこだ。元々、放線菌が見つかるまでって約束だったし」
放線菌が見つかるまで……
並木主任は、放線菌探しを会社には秘密にしていた。ということは、その約束をしたのは会社とは関係のないプライベートで関わりのある誰かってことになる。
その誰かが頭に浮かんだ時、並木主任がとどめの一言を発した。
「早く決断して東京に戻って来いってうるさくてな」
「決断……?」
並木主任は缶ビールを飲み干すと、自分の人生を左右する重大な決断だと言って目を伏せる。
――それ、結婚ですか?
そう聞こうとしたが、体が震えて言葉にならなかった。