アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
その後はなるべく並木主任と目を合わせないようにして早々に家を出た。
住宅街を抜け、イチョウ並木が続く一本道を白い息を吐きながら必死で自転車をこいでいると、後ろから来た車が横に並びクラクションを鳴らす。
その車が並木主任が運転する社用車だとすぐに分かったけれど、無視して自転車をこぎ続けた。
暫く並行して走っていたが、運転席の窓が下がり、並木主任がしつこく「止まれ」と連呼してくるので仕方なくペダルをこぐ足を止めると、社用車も路肩に停車する。
「乗せていくつもりだったのに、なんで先に行くんだ?」
「はぁ? そんなの聞いてませんし、乗せてもらうつもりもありませんから」
あんな態度を取っておいてよく言うよとイラッとしながら並木主任を睨むが、当の本人は全く動じることなくシートにふんぞり返り、偉そうに私を手招きしている。
「なんですか?」
「いいから、ちょっとこっちに来い」
まだ私がボイスレコーダーを盗み聞きしたんじゃないかと疑っているんだろうか? もういい加減にしてよ!
怒り心頭で自転車を降り、文句を言ってやろうと大股で社用車に近付いて運転席の窓の前で身を屈める。
でも、窓枠に手を付いて中を覗き込んだ時、伸びてきた腕にいきなりコートの襟を掴まれ車内に引きずり込まれた。
「わ、わわっ!」
宙ぶらりんになった体をバタバタさせ抵抗するも、体半分は既に車の中。間近に迫った並木主任の顔を見てパニックになりかけた……のだが……
「さっきは感情的になって悪かった」
「えっ?」
「……これで許してくれ」