アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
それは夢かと思うほど、一瞬の出来事だった――
忘れもしない温かくて柔らかい並木主任の唇がチュッと音を立て、啄むように私の唇に触れた。
直後は驚きで彼を凝視することしかできなかったけれど、切れ長の澄んだ瞳を見ていると、悲しみと虚しさが押し寄せてくる。
私のことなんか好きじゃないのに、なぜ?
「どうして? ……なんでキスするんですか?」
「言ったろ? さっきのお詫びだ。それと……朝の挨拶」
百歩譲ってお詫びと挨拶だったとしよう。でも、それがなぜキスなのかが分からない。
「こういうの……迷惑です」
フラ付きながら車から離れ声を絞り出すと、切なく揺れる瞳で彼をジッと見つめる。
せっかく並木主任のこと忘れようとしていたのに、どうして思わせぶりな態度で気持ちを引き戻すようなことするの?
しかし並木主任は爽やかな笑顔を向け、あっけらかんと言う。
「お前、キスは挨拶みたいなものだって言ったろ?」
「そ、それは……」
「それと、俺はキスしている時のお前の顔が一番好きなんだよな~」
"好き"という言葉をあまりにもサラッと言うものだから、反応するのに少し時間が掛かった。
「あ、朝っぱらから冗談はやめてくださいっ!」
「冗談なんかじゃない。普段のお前はいつもふくれっ面して機嫌が悪いだろ? でも、キスしている時の顔は最高に可愛い」
「えっ……」
並木主任はズルい。好きとか最高に可愛いとか、そなこと言われたら、私……自分の気持ち抑え切れなくなるよ……