アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
本当は動揺しまくりだったけれど、それを悟られないように真っすぐフロントガラスを見据え膝の上の汗ばんだ手を強く握りしめていた。
暫くすると車は市街地を抜け、どんどん人家の少ない山の方へと進んで行く。とうとう舗装もされていない本格的な山道に差し掛かった。しかし車は停まらない。
さすがに不安になってきて並木主任の顔をチラリと覗き見ると、やっと車が停車して彼が私の方に顔を向けた。
鋭い視線で凝視され、なんとも言えないピリピリした空気が漂う。が、その表情はすぐに緩み、今度は艶っぽい瞳で怪しく笑う。
ヤダ……その熱視線は……何?
一変した車内の雰囲気に戸惑い、堪らず彼から目を逸らすと並木主任の手が再び私の顎を持ち上げた。でも今回は社食の時みたいに強引に掴まれたのではなく、優しく触れたという感じ。
「お前、よく見たら可愛い顔してるよな」
「へっ?」
「特にその唇……ぷっくりして柔らかそうだ」
予想外の言葉に心臓が大きく跳ね上がり、凄い勢いで早鐘を打つ。
実は、男性にそんなことを言われたのは生まれて初めて。私は二十七歳にしてまだ誰とも付き合ったことがない男性経験ゼロ女。でも、全く男性に相手にされなかったというワケではない。
それなりに誘われたり、告白されたこともあった。中にはタイプの男性も居たが、素直になれず、強がってばかりいたせいで相手の方が冷めてしまいフェイドアウトしていった。
そう、私は初心なくせにプライドだけは人一倍高い面倒くさい女なんだ。