フルール・マリエ


浜崎様の旦那さんは冷え込みが激しくなった外から暖かい室内に入ってきたせいで曇った眼鏡を几帳面に拭って掛け直してからスリッパに履き替えて店内に入った。

「お手間を取らせませんので」

着席した直後に旦那さんが姿勢の良い礼をした。

タキシードのジャケットをかけた衣装レールを旦那さんの前に持って来ると、他には目もくれず、黒のジャケットを示した。

「これで、お願いします」

「黒なんてスーツと一緒じゃない」

娘が口を尖らせると、旦那さんは眉根を寄せた。

「白なんて着せる気か?そんな恥ずかしい思いできるか」

「もう少し悩んでもいいんじゃないの、ってことだよ」

「いいわよ、美里。お父さん、黒が良いって言ってるんだから。朝見さん、白を着る人ばかりじゃないですよね?」

「ええ。皆さん、好みの物を着ますから、黒も多く出ますよ」

「じゃあ、黒にしましょ」

娘の方は、気に食わない様子だったが、奥さんは黒のジャケットを旦那さんに着せて「似合うわね」と頷いていた。



< 111 / 176 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop