フルール・マリエ
笑顔で帰って行く神崎様をお見送りし、2人が角を曲がるまで見つめていた。
角を曲がる直前、2人がどちらからともなく手を繋ぐ姿を見られて、幸せな気持ちになった。
事務所に戻ると、真田さんが奥に座っているだけで他には誰も戻って来ていなかった。
「先ほどはありがとうございました」
真田さんの横に立ち、深々と頭を下げた。
「上手くいったようですね」
「はい。ただ、私は足を踏み入れ過ぎてしまったようなので、反省もしています」
「神崎様はどんな様子で帰られましたか?」
「笑顔で帰られました」
「それならいいでしょう。君が踏み入れ過ぎたと思うのなら反省は必要ですが、私達が為すべきことは全てお客様のためです。自分基準で判断するものではなく、お客様が決めることです」
真田さんは私の顔を見上げると、近寄りがたい美しい顔が和らいだ。
「まぁいいでしょう。困っている人をほっとけず、自分に厳しいところは昔からの性格なんだろうから、簡単に変わるものでもないでしょうし」
「・・・え?」
何を突然言い始めたのか、全く理解ができなかった。
まるで、私のことを昔から知っているような口ぶりだ。
「わからないのか?真田千紘。いや、あの時は児玉千紘、か」
真田千紘は支配人のフルネーム。
苗字が変わると、突然見覚えのある名前になり、頭の中では一気に過去に遡り始めて、その名前を探す。
「こだま、ちひ・・・!?う、嘘でしょう!?」
思い当たった記憶は目の前の堂々とした人物とは全く異なる雰囲気の男の子だ。
「それは俺のセリフだけどね。まさか同じ職場に昔のクラスメイトがいるとは思わなかった。まぁ、今まで気づかなかったことにも、嘘だろ、って思ったけど」
威厳のある口調から同僚と話すような口調に変わると、年上とも思っていた真田さんが同年代にしか見えなくなってくる。